2012年9月18日火曜日

『預言者ムハンマドの生涯』第一巻(100)

預言者ムハンマドの誕生と養育(2)


 サアド・イブン・バクルの部族のハリーマ・ビント・アブー・ズアイブは、乳母として使徒を養育するように頼まれた。アブー・ズアイブの名は、アブドッラー・イブヌル・ハーリス・イブン・シジナ・イブン・ジャービル・イブン・リザーム・イブン・ナースィラ・イブン・クサイヤ・イブン・ナスル・イブン・サアド・イブン・バクル・イブン・ハワーズィン・イブン・マンスール・イブン・イクリマ・イブン・ハサファ・イブン・カイス・イブン・アイラーンといった。

 使徒の育ての父であるハリーマの夫は、アルハーリス・イブン・アブドゥル・ウッザ・イブン・リファーア・イブン・マッラーン・イブン・ナースィラ・イブン・クサイヤ・イブン・ナスル・イブン・サアド・イブン・バクル・イブン・ハワーズィンであった。

 アブドッラー・イブヌル・ハーリスは使徒の乳兄弟、ウナイサとホザーファは、乳姉妹だった。ホザーファは、アッシャイマアと呼ばれ、彼らは彼女の本名では呼ばなかった。彼らはみな、ハリーマ・ビント・アブドッラー・イブヌル・ハーリスの子供だった。アッシャイマアは、使徒の保育について母を手伝っていた、と伝えられている。

 アルハーリス・イブン・ハーティブ・アッジュマヒの被護者であるジャハム・イブン・ジャハムは、アブドッラー・イブン・ジャアファル・イブン・アブー・ターリブから聞いた話を、あるいはアブドッラーの話を聞いた人から伝え聞いた話を、次のように私に語った。使徒の育ての母ハリーマは、自分の夫と、そのとき育てていた幼子や自分の部族の女たちと共に、里子を探すため、故郷を出ていった。その年は飢きんに見舞われ、彼らは困窮していた。彼女は、乳を一滴も出さない年老いた雌ラクダを連れ、みすぼらしい雌ロバに乗っていた。彼女の飢えた幼子が泣いたので、彼らは一晩中眠ることができなかった。彼女は幼子に乳を与えられず、雌ラクダも朝の一杯の乳すら出さなかった。そこで彼らは、雨と救いを待ち望んでいた。ハリーマは語った。「私は、ひよわで衰弱していたのでほかのどの乗り手も寄せ付けず、みなに嫌われていた雌ロバに乗っていました。私たちがマッカに到着し、里子を探すと、乳飲み子だった神の使徒が差し出されましたが、私たちはみな子供の父親からお礼を受けることを期待していたので、神の使徒が孤児であることを知らされると、彼を引き取る者は一人もいませんでした。人びとはみな、孤児ですって、母と祖父が何をしてくれるのでしょうかと言って彼をはねつけました。私を除いて皆が里子を見つけ、私たちが出発すると決めたとき、私は夫に、神にかけて、私は里子を見つけないまま皆と一緒に帰りたくはありません。私はあの孤児を引き取りますと言いました。夫は、気がすむようにしたらいい、彼のために神が我らを祝福してくれるかもしれないと言いました。それで、ほかに里子を見つけられないというただそれだけの理由で、私は彼を引き取りに行きました。その乳飲み子をテントに連れ帰り、彼を胸に抱くや否や、乳房から母乳があふれ出し、乳飲み子は満足するまで飲み、彼の乳兄弟もそうしました。それまでは、私たちも子供もあれほど眠れなかったというのに、このときは、二人の子はぐっすりと眠り込んでしまいました。夫が立ち上がって、年老いた雌ラクダのそばに行くと、何ということでしょう、ラクダの乳房もいっぱいに張っていました。私たちは夫が搾った乳を満足するまで飲み、楽しい夜を過ごしました。翌朝、夫は、分かるかい、ハリーマ、お前は素晴らしい贈りものを授かったようだと言いました。私は、神にかけて、私もそう希望しますと答えました。そして、私が使徒を抱いて例の雌ロバに乗って出発すると、私のロバはほかのロバがついて来れないほどの速さで歩んだため、仲間たちは、いまいましい、止まって待っておくれ。それはお前が乗ってきたロバではないのかと言いました。私が、乗ってきたロバですよと答えると、彼らは、神にかけて、何か驚くべきことが起きたと言って驚きました。私たちは、サアド族の土地の居住地に帰りましたが、私はここほど荒れ果てた地を知りません」。

『預言者ムハンマドの生涯』第一巻(99)

預言者ムハンマドの誕生と養育(1)


 預言者ムハンマドは、象の年〔西暦五七〇年ころ〕のラビーウル・アッワル月太陰暦三月十二日、月曜日に生誕した。アルムッタリブ・イブン・アブドッラー・イブン・カイス・イブン・マハラマは、彼の祖父カイス・イブン・マハラマの話を父から伝え聞いて語っている。「私と使徒は象の年の同じ時期に生まれた」。サーリフ・イブン・イブラヒーム・イブン・アブドッ・ラハマーン・イブン・アウフ・イブン・ヤヒヤ・イブン・アブドッラー・イブン・アブドッ・ラハマーン・イブン・サアド・イブン・ズラーラル・アンサーリは、彼の部族の者がハッサーン・イブン・サービトから聞いた話を伝えている。「ユダヤ教徒の一人が、いまいましい、何の用だと言いながらユダヤの人びとが出て来るまで、ヤスリブの砦の頂上で声の限りに、おお、ユダヤの人びとよと叫んだのを聞いたとき、私は七歳か八歳で、聞いたことをすべて理解する少年に成長していた。そのユダヤの男は、今夜、アハマド〔ムハンマド〕が生まれる兆しの星が現れたと叫んだ」。

 ヤスリブ(マディーナ)の人で、預言者のお抱え詩人。ムスリムに敵対する部族を非難する詩を多数作った。

 私が、サイード・イブン・アブドッ・ラハマーン・イブン・ハッサーン・イブン・サービトに、「使徒がマディーナにいらしたとき、ハッサーンは何歳でしたか」と尋ねると、「彼は六十歳でした」と答えたので、そのとき使徒は五十三歳であったことになる。したがって逆算すると、ハッサーンが、ユダヤの男が叫ぶのを聞いたのは、七歳のときだったことになる。

 使徒ムハンマドが産まれると、母アーミナはムハンマドの祖父アブドゥル・ムッタリブに使いをやり、男の子が生まれたので会いに来てほしい、と伝えた。アブドゥル・ムッタリブがやって来るとアーミナは、使徒を身ごもっていたときに見た夢や神に言われたこと、そして名付けるように言われた名前について語った。アブドゥル・ムッタリブは、使徒を抱いてカアバに行き、この神からの贈りものを感謝して神に祈った、と伝えられている。それから彼は、使徒を抱いて帰って、アーミナに返し、使徒の乳母となる人物を探した

 古代のアラビアでは、定住地のアラブは新生男児の養育を遊牧民の家族に託するのが一般的な慣習だった。砂漠の環境は街よりも健康的と考えられ、また質実剛健な砂漠の民はアラブ族の純粋な伝統・価値観を保持し、古来からの正統なアラビア語を話していたため、砂漠で育てられた男児は心身ともに健全に成長すると信じられていた。

『預言者ムハンマドの生涯』第一巻(98)

神の使徒ムハンマドの誕生

アーミナが使徒を懐妊していたときの神からのお告げ


 神の使徒ムハンマドの母、アーミナ・ビント・ワハブは、使徒を身ごもっていたとき、ある声を聞いた。その声とは、「そなたは、この民の主を胎内に宿している。彼が誕生する時、私はこの子をあらゆる邪悪な妬み人から守るため、唯一の神に保護を委ね、ムハンマドと名付ける、と言いなさい」、というものであったと一般に伝えられている(真実は神のみが知ることであるが)。彼女が使徒を身ごもっていたころ、彼女の身体からは光が放たれ、彼女はその光でシリアのブスラーにある城を見ることができた。間もなくして、使徒の父、アブドッラーは、彼女がまだ身ごもっている最中に亡くなった。

『預言者ムハンマドの生涯』第一巻(97)

アブドッラー・イブン・アブドゥル・ムッタリブとの結婚を自ら申し入れた娘


 アブドッラーの手をとってアブドゥル・ムッタリブが外出したとき、彼らはカアバで(そのように伝えられている)、ワラカ・イブン・ナウファル・イブン・アサド・イブン・アブドゥル・ウッザの妹で、アサド・イブン・アブドゥル・ウッザ・イブン・クサイイ・イブン・キラーブ・イブン・ムッラ・イブン・カアブ・イブン・ルアイイ・イブン・ガーリブ・イブン・フィフルの部族の娘のそばを通りかかった。彼女はアブドッラーを見ると、「どこへ行くのですか、アブドッラー」、と尋ねた。彼は、「父と一緒に」、と答えた。彼女は、「私を連れて行ってくれたら、あなたは、あなたの代わりに犠牲にされたと同じように多数のラクダを持つでしょう」、と言った。彼は、「私は父と共におり、父の希望に反して行動できないので、父から離れることはできない」、と申し出を断った。

 アブドゥル・ムッタリブは、血筋からもまた名声によってもズフラ一族の指導者である、ワハブ・イブン・アブド・マナーフ・イブン・ズフラ・イブン・キラーブ・イブン・ムッラ・イブン・カアブ・イブン・ルアイイ・イブン・ガーリブ・イブン・フィフルのところに、アブドッラーを連れていき、彼の娘アーミナと結婚させた。当時、彼女は、血筋も格式も、クライシュ一族のなかで最も優れた女性だった。彼女の母は、バッラ・ビント・アブドゥル・ウッザ・イブン・ウスマーン・イブン・アブドッ・ダール・イブン・クサイイ・イブン・キラーブ・イブン・ムッラ・イブン・カアブ・イブン・ルアイイ・イブン・ガーリブ・イブン・フィフルだった。バッラの母は、ウンム・ハビーブ・ビント・アサド・イブン・アブドゥル・ウッザ・イブン・クサイイ・イブン・キラーブ・イブン・ムッラ・イブン・カアブ・イブン・ルアイイ・イブン・ガーリブ・イブン・フィフルで、バッラの祖母は、バッラ・ビント・アウフ・イブン・ウバイド・イブン・ウワイジュ・イブン・アディーユ・イブン・カアブ・イブン・ルアイイ・イブン・ガーリブ・イブン・フィフルである。

 アブドッラーは、すぐにその日、アーミナと結婚した、と伝えられており、彼女は、ほどなく神の使徒を身ごもった。翌日、彼は外出し、前日に彼に結婚を申し込んだ娘と出会った。彼がその娘に、なぜ前日のように結婚を申し込まないのか、と尋ねると、娘は、以前は輝いていた光が彼から消えているので、もはや彼を必要とはしない、と答えた。その娘は、キリスト教徒で聖書を勉強していた兄のワラカ・イブン・ナウファルから、彼らの民の間に預言者が出現する、と聞いていたのである。

 私の父、イスハーク・イブン・ヤサールは、「アブドッラーが粘土を使う作業をした後で泥をつけたまま、アーミナ・ビント・ワハブのほかに妻にしていた女のところに行った、と聞いた」と私に語った。彼女は、泥がついていたので、アブドッラーを受け入れなかった。すると彼は、彼女のもとから出て、手を洗って、もく浴した。そして、アーミナのところへ出かける途中、彼女のそばを再び通りかかった。今度は、彼女は彼を招き入れようとしたが、彼は拒否してアーミナのところに行き、アーミナはムハンマドを身ごもった。次にアブドッラーがもう一人の妻と会ったとき、何か望むことはないかと彼女に尋ねると、「何もありません。あなたが私のそばを通った時、目と目の間に白い光が輝いていたのに、私の招きを断ってアーミナのところに行ったので、アーミナがそれを奪ってしまった」、と彼女は答えた。

 この女性は、彼がそばを通りかかったとき、彼の目の間に、馬の流星のような光が輝いていたといつも語っていた、と伝えられている。彼女は、「その光が私の内に宿ることを希望して彼を招いたが、彼は私を拒否してアーミナのところに行ったので、彼女は神の預言者を身ごもったのです」、と語った。このようにして、神の使徒は、父の家系においても、母の家系においても、生まれと名誉において、当時の民の間で最も高貴な人物であった。神よ、彼を祝福し、守り給え。

『預言者ムハンマドの生涯』第一巻(96)

アブドゥル・ムッタリブの、息子を犠牲にする誓い(2)


 アブドゥル・ムッタリブは息子の手を取り、大きなナイフを持ち、彼を犠牲にするために、偶像のイサーフとナーイラのところに連れて行った。すると、クライシュの者たちが集会から出て来て、彼に、「何をしようとしているのか」と尋ねた。彼は、「これから息子を犠牲に捧げるところだ」、と言うと、クライシュやほかの人びとは、「神にかけて、あなたが神に息子の代わりとして最も大切な贖罪のささげ物を差し出せば、自分の息子を犠牲にすることはない。もし、あなたが息子を犠牲にするならば、これから、男たちが自分の子どもを犠牲にしようとすることを、止められなくなる。そうすれば、民はどうなってしまうのだろうか」、と言った。そして、アブドッラーの母の出身部族の、アルムギーラ・イブン・アブドッラー・イブン・アムル・イブン・マフズーム・イブン・ヤカザは、「神にかけて、あなたが神に息子の代わりとして最も大切な贖罪のささげ物を差し出せば、自分の息子を犠牲にすることはない。彼の身代金が我らの全財産に相当しようとも、我らは彼を身請けしよう」、と言った。このように、クライシュやほかの人びとは、アブドゥル・ムッタリブに息子を犠牲にしてはいけないと言い、ヒジャーズに人を救済する霊力を備えた女魔術師がいるので、そこに息子を連れていき、相談するようにと助言した。もし魔術師が息子を犠牲にするようにと言うのならば、事態はそれより悪くなりようがないし、もし彼女が好ましい回答を出すのならば、それを受け入れれば良いと彼らは説明した。そこでアブドゥル・ムッタリブは息子を連れて、はるかマディーナにまで出かけていったが、そこで魔術師はハイバルにいることを知った、と伝えられている。彼らはさらに旅を続け、ようやく彼女に会って、アブドゥル・ムッタリブが事の始終を告げると、魔術師は、霊が彼女に宿りこの件について霊に聞けるようになるまで、彼女から離れているように、と言った。彼らは魔術師から離れ、アブドゥル・ムッタリブは、アッラーに祈った。そして翌日、彼らが魔術師を再訪すると、彼女は、「お告げがありました。あなたたちの間では血の代償金はいかほどでしょうか」、と尋ねた。彼らは、「それはラクダ十頭である」と答えた。当時の代償金は実際そのようであった。魔術師は彼らに、「国に帰ってラクダ十頭と、この若者を並べ、ラクダと彼のためにくじを引きなさい。もし、彼を犠牲にするくじが出るのならば、あなた方の主が満足なさるまで、ラクダの数を増やしなさい。そして、ラクダを犠牲にするくじが出たとき、彼の代わりにラクダを犠牲に捧げなさい。あなた方の主はそれで満足され、あなたの被保護者は死を免れます」と告げた。二人がマッカに戻り、人びとがこの魔術師の助言を実行することで合意したとき、アブドゥル・ムッタリブは、アッラーに祈った。ホバルの偶像のそばでアブドゥル・ムッタリブはまたアッラーに祈り、人びとはそこにアブドッラーとラクダ十頭をそろえた。彼らがくじを引くと、アブドッラーを犠牲にする矢が出た。そこで彼らはラクダ十頭を加え、アブドゥル・ムッタリブはアッラーに祈ってから、またくじを引くと再びアブドッラーを犠牲にする矢が出た。このようにくじを一回引く度にラクダ十頭を加え、あらたにくじを引く前にアブドゥル・ムッタリブはアッラーに祈った。最後にラクダを犠牲にするくじが出たとき、ラクダの数は百頭に増えていた。くじ引きに参加していたクライシュやほかの人びとは、「ようやくあなたの主は満足なさった、アブドゥル・ムッタリブよ」、と言った。「いや、神にかけて」、と彼は答え(そう人びとは言っている)、「私が三回くじを引くまでは」、と言った。そして三回くじを引くと、三回ともラクダを犠牲にする結果が出た。それでラクダは正式に犠牲に捧げられ、(ラクダを食べるのを)妨害される者は一人もいなかった。

『預言者ムハンマドの生涯』第一巻(95)

アブドゥル・ムッタリブの、息子を犠牲にする近い(1)


 アブドゥル・ムッタリブが、ザムザムを掘っているとき、クライシュがそれに反対すると、彼は、もし彼が十人の息子を得て育て、クライシュから彼を守るならば、彼は息子の一人をカアバで犠牲に捧げると誓った、と伝えられており、それが真実かどうかは神が知っている。後に彼は、彼を守ることができる十人の息子をもうけると、彼らを集めて誓いのことについて語り、神との約束を守るよう息子たちに呼びかけた。彼らは父に従うことに同意して、どうすればよいか聞いた。彼は、めいめいが一本の矢に自分の名前を書いて彼のところに持って来るように命じ、彼らがそうすると、彼は矢をカアバの中心にある偶像、ホバルの前に持って行った。ホバルの前に一つの井戸があった。その井戸にカアバへの贈り物が保管されていた。

 ホバルのそばには、七本の矢が置かれ、それぞれの矢にはある言葉が書かれていた。一つの矢には、「血の代償」と記されていた。誰かが、血の代償を支払うかについて争ったとき、彼らは七本の矢でくじを引き、当たりくじを引いた者が血の代償金を払わねばならなかった。もう一つには「然り」、ほかには「否」と書かれていた。彼らは、託宣を祈願した問題について、このくじの結果に従って行動したのである。ほかの四本にはそれぞれ、「あなたに由縁するもの」、「仲間に由縁するもの」、「部族外の者に由縁するもの」、「水」、と記されていた。井戸を掘りたいとき、人びとはくじを投げて、「水」の矢が当たった所がどこであっても、彼らはそこを掘った。男の子を割礼するとき、あるいは結婚を決めるとき、あるいは遺体を埋めるとき、あるいはまたある人の系譜が疑われたとき、人びとは百ディルハムを持って当事者をホバルのところに連れていき、ラクダを犠牲にして、それらをくじを引く祭司に与えた。次に彼らは、当事者を祭司のそばに連れてきて、「おお、我らが神よ、彼について正しい導きを示し給え」と宣言して託宣を求めた。そして彼らは、くじを引く祭司に向かって「引け」と言い、「あなたに由縁するもの」というくじが当たると、その者は彼らの部族の構成員と見なされた。もし、「仲間に由縁するもの」というくじが当たると、その者は同盟者と見なされた。そして、「部族外の者に由縁するもの」、というくじが出ると、その者は彼らとは血縁関係がなく、また同盟者でもないと見なされた。またほかの問題で、「然り」が出ると、人びとはそのように行動し、もし「否」と出ると、彼らは問題の解決を一年延期して、その後再びくじを引いた。

 アブドゥル・ムッタリブは、矢を持っていた祭司に向かって、「これらの矢を使って私の息子たちのためにくじを引いてください」と言い、彼が行った誓約について語った。息子たちはそれぞれの名前が記された矢を祭司に渡した。アブドッラーは末息子で、彼とアッズバイル、アブー・ターリブは、ファーティマ・ビント・アムル・イブン・アーイズ・イブン・アブド・イブン・イムラーン・イブン・マフズーム・イブン・ヤカザ・イブン・ムッラ・イブン・カアブ・イブン・ルアイイ・イブン・ガーリブ・イブン・フィフルとの間に生まれた息子であった。アブドッラーは、アブドゥル・ムッタリブの最愛の子で、矢が彼に当たらないことを〔アブドゥル・ムッタリブは〕心中で懇願していた、と伝えられている。(彼は神の使徒の父である)。祭司がくじを引こうとして矢を取ったとき、アブドゥル・ムッタリブは、ホバルのそばでアッラーに祈っていた。祭司がくじを引くと、アブドッラーの矢が当たった。

『預言者ムハンマドの生涯』第一巻(94)

クライシュ一族がマッカで所有した井戸


 ザムザムの掘削以前、クライシュ一族はすでにマッカで幾つか井戸を掘っていた。アブド・シャムス・イブン・アブド・マナーフは、マッカの小高い場所に位置するアルバイダーア、つまりムハンマド・イブン・ユースフ・アッサカフィの家の近くに、アッタウィーの井戸を掘った。

 ハーシム・イブン・アブド・マナーフは、アブー・ターリブの山道の出入り口にあるアルカンダマ山の尾根、アルムスタンダルの近くにバッザルの井戸を掘った。彼はそれを掘ったとき、「私はこれを民の生計の手段としよう」、と言った、と伝えられている。

 ハーシム・イブン・アブド・マナーフは、アルムトイム・イブン・アディーユ・イブン・ナウファル・イブン・アブド・マナーフが所有して、今も使用されているサジラの井戸も掘った。ナウファル族は、アルムトイムが、アサド・イブン・ハーシムからそれを買った、と主張し、一方、ハーシム族は、ザムザムが再発見されてほかの井戸が不用になったので、ハーシムがアルムトイムに贈った、と主張している。

 ウマイヤ・イブン・アブド・シャムスは、自分のためにアルハァフルの井戸を掘った。アサド・イブン・アブドゥル・ウッザの部族は、自分たちのためにスカイヤの井戸を掘った。アブドッ・ダールの部族は、ウンム・アハラードの井戸を掘った。ジュマハ族は、ハラフ・イブン・ワハブが所有するアッスンブラの井戸を掘った。サハム族はアルガムルの井戸を掘った。

 マッカの外には、ムッラ・イブン・カアブとその息子キラーブ・イブン・ムッラの時代にさかのぼり、クライシュの最初の王子たちが掘った、ルンムとホンムなどの古い井戸がいくつかあった。ルンムを掘ったのは、ムッラ・イブン・カアブで、ホンムとアルハフルを掘ったのは、キラーブ・イブン・ムッラの部族だった。アディーユ・イブン・カアブ・イブン・ルアイイの部族のホザイファ・イブン・ガーニムは次のような詩を詠んだ。

 「古き良き時代、我らは長い間、満足していた、

 ホンムとアルハフルから水を引いて」。

 ザムザムは、それまで巡礼者に水を提供していたほかの井戸の名声を完全に失わせた。さらにそれは聖域の中にあり、その水質はほかのどの水よりも優越していたので、人びとはザムザムの水を求めた。しかもそれは、イスマイール・イブン・イブラヒームの泉であった。この理由のために、アブド・マナーフの部族は、クライシュ一族とほかのすべてのアラブの部族に対して、誇らしげに振る舞った。

 アブド・マナーフの部族が、巡礼者に水と食を提供する権限を保有し、彼らがザムザムを発見し、そして名誉と功績が自分たちの部族全員のものであることを、クライシュ一族に誇った詩がここにある。

 「栄誉は我らの父祖からもたらされた。

 我らはそれをさらに偉大にした。

 我らが巡礼に水を提供せず、

 肥えた乳用ラクダを犠牲にしないと言うのか。

 死が近づいたときわれらは

 勇敢で寛大と見なされた。

 我らは滅ぶとも(永久に生きる者はない)

 よそ者が我らの血縁を束ねることはない。

 ザムザムは我らの部族に所属する。

 我らは、我らをねたましく見る者たちの目をえぐり出す」。

 ホザイファ・イブン・ガーニムは詠んだ。

 「彼のために泣け、巡礼者に水を提供した者、彼の息子でパンをちぎった者、

 そしてアブド・マナーフ、あのフィフリーの主人。

 彼の水の支配は、ほかの誰のものよりも誇り高い」。

2012年9月6日木曜日

『預言者の生涯』第四巻、10月中旬発売

『預言者の生涯』第四巻


 
 イブン・イスハークによる『預言者の生涯』第四巻が、10月中旬、アマゾンのネット書店から発売される。見出しを読みたい方は、http://ameblo.jp/ibn-ishaq/entry-11337286452.html へ。

2012年9月2日日曜日

『預言者ムハンマドの生涯』第一巻(93)

ザムザムの掘削(4)


 これが彼に告げられたとき、彼がザムザムの場所を尋ねると、「それは明日、カラスがつついているアリの巣の近くにある」、と告げられた、と人びとによって伝えられているが、それが真実であるかどうかは、神が知っていることである。
 翌日、アブドゥル・ムッタリブと、その当時は唯一の息子であったアルハーリスが出かけて行くと、クライシュが動物を犠牲にしていた二つの偶像、イサーフとナーイラの間に、カラスがつついているアリの巣が見つかった。
 彼はつるはしを持ち出し、命じられた場所を掘り始めた。クライシュは、彼が作業しているのを見て、「犠牲を捧げている二つの偶像の間を掘ることを許さない」と警告した。アブドゥル・ムッタリブは、夢で告げられたことを断固として実行する決心をしていたため、息子に「私が掘っている間、私を守りなさい」と言った。
 クライシュたちは、彼が作業をやめようとしないのを見て、彼のなすがままにした。彼が深く掘り下げるまでもなく、井戸の石のふたが現れたので、神が彼を正しく導いてくださったことを、彼は感謝した。
 さらに掘り下げると、ジュルフム族がマッカを離れるとき、そこに埋めていった二つの黄金のガゼルを発見した。彼はさらにいくつかの剣と、シリア製の鎖かたびらの上着を発見した。
 クライシュ一族は、これらの埋蔵物を分配する権利を主張した。アブドゥル・ムッタリブはこれを拒否したが、問題を神聖なくじ引きで決着することを受け入れた。彼は、二本の矢をカアバのもの、別の二本の矢をクライシュのもの、さらに別の二本の矢を彼のものとする、と言った。
 矢筒から出てきた二本の矢が、埋蔵物の所有者を決めるのである。このように決められると、彼は、黄色い二本の矢をカアバのものとし、黒い二本の矢を彼のもの、白い二本の矢をクライシュのものとした。
 そしてこれらの矢は、矢占いを担当する祭司に渡され、偶像ホバルのそばで投げられた。(ホバルはカアバの中心に置かれた偶像で、当時、彼らが最も敬意を払っていた偶像であった。アブー・スフヤーン・イブン・ハルブ〔ウマイヤ家の家長〕は、ウフドの戦いの時、「立ち上がれ、ホバルよ」、すなわち、汝の宗教を勝利させよ、と叫んで、そのように言及した)。
 アブドゥル・ムッタリブが神に祈り始め、祭司が矢筒を投げると、ガゼルの割り当てに対して、黄色い二本のカアバの矢が出た。剣と鎖かたびらの割り当てに対しては、アブドゥル・ムッタリブの黒い二本の矢が出た。
 クライシュの白い二本の矢は、残されたままであった。アブドゥル・ムッタリブは、剣をカアバの扉とし、黄金のガゼルをその上に載せた。
 これがカアバの最初の黄金の飾り物であると、人びとは語っている。それ以来、アブドゥル・ムッタリブは、ザムザムから巡礼者たちに水を提供する務めを担当した。

『預言者ムハンマドの生涯』第一巻(92)

ザムザムの掘削(3)


 これは、アリー・イブン・アブー・ターリブによるザムザムの物語として、私が聞いたことである。また私は、アブドゥル・ムッタリブがザムザムを掘るように命じられたときのやりとりに関して、次のように伝え聞いた。

 「水晶のように澄んだ豊かな水のために祈れ、

 彼らが崇拝する聖域で神の巡礼に提供する水のために、

 水がある限り恐れるものはなにもない」。

これを聞いたアブドゥル・ムッタリブが、クライシュ一族に、「私はあなたがたのためにザムザムを掘るよう命じられたのだが」、と言うと、クライシュたちは、「だが、それはどこにあるか言われたか」、と尋ねた。彼が、「それは聞かされなかった」、と答えると、彼らは彼に、「夢を見たところにまた戻って眠れば、もしそれが本当に神のお告げであるならば、それがどこにあるか明確にされるだろうし、もしそれが悪魔であれば戻っては来ないであろう」、と言った。そこでアブドゥル・ムッタリブが、夢を見たところに戻って眠ると、次のようにお告げを受けた。

 「ザムザムの泉を掘れ、それはそなたの希望を裏切ることはない、

 それはそなたの父のときから永久にそなたのものである。

 それは、決して欠乏することも、枯れることもない、

 それは、巡礼の集団に水を提供する、

 ダチョウが友を集めるように、

 かれらの声を神は最も慈愛深く聞き給う。

 過ぎ去った日々以来、最も確実な契約である、

 そのようなものをそなたは見たことがない、

 それは、汚物と血肉の間に横たわっている」。

『預言者ムハンマドの生涯』第一巻(91)

ザムザムの掘削(2)


 ザムザムの正確な位置が示唆されると、アブドゥル・ムッタリブは、それが事実と一致していることを知り、つるはしを取って息子のアルハーリス(そのころ息子はまだ一人だけだった)を連れていき、そこを掘り始めた。
 泉の水面が現れると彼は、「アッラーフ・アクバル」〔神は偉大なり〕と叫んだ。彼が、求めていたものを獲得したことを知ったクライシュの者たちは、彼のところにやって来て、「これは、我らの始祖イスマイールの泉である。だから我らにも権利があるので、泉を分け合おう」、と言った。
 「私は泉を共有しない」、と彼は答え、「これは私だけに特別に語られたことであり、あなたたちにではない。泉を与えられたのは、私である」、と言った。彼らは、「正義を行おうではないか。我らはこの問題で法的な決定が下されるまで、あなたから離れない」、と要求した。
 彼は、「我らの間の審判として、誰でも好きな人を任命しなさい」、と答えた。彼は、シリアの高地に住む、サアド・ホザイムの部族の女占い師を審判とすることに同意した。そこで、アブドゥル・ムッタリブは、親族数人と、クライシュ一族の各部族の代表たちと共に、シリアに向けて出発した。
 彼らは、ヒジャーズとシリアの間の荒地を進んでいき、その途中、アブドゥル・ムッタリブの一団は水を飲み尽くし、渇きのために死を恐れた。彼らは、クライシュの代表たちに水を求めたが、クライシュは、彼らに水を分け与えれば、クライシュ自身が渇きのために死んでしまうとして、水を与えるのを拒否した。
 途方に暮れたアブドゥル・ムッタリブは、どうすればよいか仲間に相談したが、彼らにできることは、アブドゥル・ムッタリブの指示に従う、と言うことだけだった。そこで彼は、「各人が残された力の限り、自分の穴を掘る以外にないと思う。そうすれば、一人が死ぬ度に仲間が最後の一人になるまで、死んだ人を穴に落とすことができる。仲間の全員が埋められないまま屍を横たえるよりも、最後の一人だけが埋められない方がましだからだ」、と言った。
 彼らは彼の提案を受け入れ、めいめいが自分の穴を掘り始めた。そして、渇きのために死を待ちながら、穴のそばに座った。しばらくするとアブドゥル・ムッタリブは、仲間に向かって、「神にかけて、このように死ぬために自らを放棄して、水を求めて土地を探し回らないのであれば、それは我らがただ無能なだけである。神はどこかで我らに水を与えてくださるであろう。鞍に乗れ」、と呼びかけた。
 彼らは、クライシュの代表たちが見守るなか、ラクダに乗る準備を整えた。アブドゥル・ムッタリブが、自分の雌ラクダに近づき、鞍に跨り、ラクダが膝を持ち上げたその時、雌ラクダの足の下から水がほとばしり出た。
 アブドゥル・ムッタリブと彼の仲間は、「アッラーフ・アクバル」、と叫びながら鞍から降り、水を飲み、皮袋を水で満たした。それから彼らは、神が彼らに与えた水のところにクライシュたちを招き、水を自由に飲ませた。
 クライシュたちは、水を飲み終え、皮袋を水で満たすと、「神にかけて、アブドゥル・ムッタリブを支持する審判が下された。我々は決して、ザムザムに対するあなたの権利を争わない。この荒地であなたに水を与えたお方は、あなたにザムザムを与えたお方である。巡礼者たちに水を提供する任務に無事にお戻りください」、と言った。彼らはもはや、占い師のところには行かず、全員来た道を戻っていった。

『預言者ムハンマドの生涯』第一巻(90)

ザムザムの掘削(1)


 アブドゥル・ムッタリブがカアバのアルヒジュルで眠っていると、夢でザムザムを掘るように、との啓示を受けた。

アブドッラー・イブン・ズライル・アルガーフィキが、アリー・イブン・アブー・ターリブからザムザムについて聞き、それをマルサド・イブン・アブドッラー・アルヤザニに伝え、彼がヤズィード・イブン・アブー・ハビーブ・アルミスリに伝えた話は次のとおりである。アブドゥル・ムッタリブは語った。「私がヒジュルで眠っていると、亡霊のような使者が現れ、ティーバを掘れと言った。私が、では、ティーバとは何ですかと尋ねると彼は去った。翌日もそこで眠っていると、彼がまた現れて、バッラを掘れと言った。バッラは何ですか、と私が尋ねると彼は去った。その翌日も彼は現れ、アルマドヌーナを掘れと言った。それは何ですかと私が尋ねると、彼はまた去っていった。その翌日も私が眠っていると彼が現れ、ザムザムを掘れと言った。私がザムザムとは何ですかと尋ねると、彼は、

 それは、決して欠乏することも、枯れることもない、

 それは、巡礼の集団に水を提供する。

 それは、汚物と血肉の間に横たわっている、

 白い羽のカラスが舞う巣の近くに、

 アリがしつこくたかる巣の近くにと言った」。