2012年11月3日土曜日

『預言者ムハンマドの生涯』第一巻(109)

バヒーラの物語


 アブー・ターリブは、隊商を連れてシリアに商売に行くことを計画し、旅の準備がすべて終わると、神の使徒ムハンマドは、伯父にまとわりつき、一緒に連れて行ってほしい、自分は伯父と離れ離れになってはいけない、あるいはそのような趣旨の言葉を言った(そのように伝えられている)。隊商はシリアのブスラーに到着した。ブスラーには、バヒーラと言う名のキリスト教の知識に精通した修道士が庵に住んでいた。当時、修道士はその庵を離れることはなく、世代から世代に受け継がれた書によって知識を修得していた。またその庵も昔からあったとされている(そのように伝えられている)。彼らはそれまでしばしばバヒーラのそばを通りかかったが、決して彼は話かけることはなく、関心も示すことはなかった。それにもかかわらず、その年に限って、彼らが庵の近くで休むと、バヒーラは彼らのために盛大な宴を催した。それは彼が庵の中で何かを見たからと伝えられている。バヒーラが庵の内にいたとき、近づいてくる隊商の中に神の使徒を発見し、神の使徒の頭上に雲が日陰を作っているのを見た、と言われている。彼らは修道士のそばの樹の陰に来て、そこで止まった。さらにバヒーラは、雲が樹の真上に来て、神の使徒が木陰に入ると、今度は木の枝が曲がり、使徒を覆うのを目撃した。彼はそれを見届けると庵から飛び出し、彼らに「私はあなたがたのために食事を用意しました、おお、クライシュの方々よ、私はあなたがた全員に、偉い方も下僕の方も、奴隷も自由人も、皆来ていただきたいのです」、と伝えた。彼らの一人は、「神にかけて、バヒーラよ、今日は何か珍しいことが起きたようだ、私たちはしばしばここを通りかかったのに、こんなにごちそうをしてくれたことはなかった、一体、今日はどうしたというのだろう」、と彼に言った。「その通りです。しかしあなたがたは客人ですから、食事を用意してもてなしたいのです」、と彼は答えた。そこで彼らはバヒーラのもとに集まった。しかし、神の使徒はあまりに幼かったため、彼らは彼を木陰の荷物と共に残していった。バヒーラは彼らを見て、自分が書で学んで知っていた兆候を見つけられなかったので、「一人も残さず、あなた方全員を私の宴に来させてください」と言った。彼らは、「荷物のところに残っている、一番幼い少年を除けば、来るべき者は誰も残ってはいない」と告げた。彼は、「一緒に食事をするため、少年も呼ぶように」と言った。そこで、クライシュの一人が、「アッラートとアルウッザにかけて、アブドッラー・イブン・アブドゥル・ムッタリブの息子を残してきて、我らは悪いことをしてしまった」、と言った。そう言うとその男は、立ち上がって使徒を抱きかかえ、皆と一緒に座らせた。バヒーラは使徒に会うと、彼を注意深く観察し、彼の身体を見たとき、キリスト教徒の書物に記されていた、神の使徒の特徴を発見した。皆が食事を終え立ち去ってしまうと、バヒーラは立ち上がり、「坊や、アッラートとアルウッザにかけて聞くが、答えておくれ」、と使徒に言った。バヒーラは、使徒と共にいた人びとがこれらの偶像にかけて誓っていたのを聞いていたため、そのように言ったまでであった。これに対し神の使徒は、「アッラートとアルウッザにかけて聞かないでください。アッラーにかけて、これらの二つの偶像ほど、私にとって忌まわしいものはないからです」、と答えたと言われている。バヒーラが、「それではアッラーにかけて、私が聞くことに答えてほしい」、と言うと、神の使徒が、「何でも聞いてください」、と答えたので、使徒が夢の中で見たこと、彼の習慣、彼についての出来事全般について聞き始め、神の使徒がバヒーラに語ったことは、彼が神の使徒の特徴について知っていたことと一致していた。そして彼が使徒の背中を見たとき、両肩の間の、まさしく書物に記述されているその場所に、使徒の徳性を示す刻印を発見した。バヒーラは、質問を終えるとアブー・ターリブに少年との関係を尋ね、彼が自分の息子であると答えると、「そんなはずはない、この少年の父親が生きていることは、あり得ないからである」、と言った。それで彼が、「私の甥です」、と答えると、「少年の父親はどうしたのか」と今度は尋ねたので、彼は、「少年が生まれる前に亡くなってしまった」と答えた。バヒーラは、「あなたは真実を語った。あなたの甥をお国に連れ帰り、ユダヤ教徒から注意深くお守りしなさい、なぜならアッラーにかけて、彼らが彼を見て、彼について私が知っていることを知ってしまったならば、彼に悪を働くからです。あなたの甥の前途には、偉大な未来が開けているので、早く故郷にお帰りなさい」、と告げた。

 アブー・ターリブは、シリアで商売を終えると、使徒を保護して早々にマッカに引き返した。言い伝えられるところによると、啓典の民、ズライル、タンマーム、ダリースは、使徒が伯父と旅しているとき、使徒の内にバヒーラが認めたものと同じものを発見して、彼に近づこうとしたが、バヒーラは、使徒の特徴に関する聖書の記述を思い起こし、神を畏敬するように彼らに警告し、彼に近づこうとしても成功しないことを分からせて、彼らを使徒から遠ざけた。バヒーラは、人びとが自分の警告を真実と理解するまで決して譲らなかったので、彼らは使徒から離れ、去っていった。神の使徒は、神が使徒の任務によって彼を讃えることを望まれたため、神に守護され、異教の汚れから遠ざけられた。彼は、男らしさでは彼の民の中で最も優れ、徳性は最も気高く、系譜は最も高貴で、最良の隣人となり、人柄は最も優しく誠実で信頼され、気高さと高貴さによって汚れと退廃した道徳から最も遠ざけられ、神によって植え込まれた徳性によって、民の中で「信頼される人」として知られるようになるまで成長した。私は、使徒が自らのことを次のように語っていたと聞かされた。「私は、クライシュの少年たちに混じって、遊戯の準備のために石を運んだものだった。私たちはみな衣を脱ぎ裸になって、それを首に巻きつけて石運びをしていた。私も同じようにして歩き回っていると、目に見えない姿が、衣をまといなさいと言って私を非常に激しく打った。そこで私は、衣を取ってしっかりと身にまとい、仲間の中で一人だけ服を着て石を首に担ぐようになった」、と使徒はおっしゃって、イスラーム以前の少年時代においても、神がいかにして自分を守ってくださっていたかをよく語られていた。

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