キナ―ナ、ホザーア両部族によるカアバ神殿の管理権の奪取と、ジュルフム族の追放
その後、ジュルフム族は、マッカで高慢な態度をとるようになり、禁忌にされていたことを合法とした。よそ者がマッカに入ると虐待し、カアバに供えられた贈り物を独占したため、結果として彼らの立場は悪くなった。バクル・イブン・アブド・マナート・イブン・キナーナの部族とホザーア部族のグブシャーン族は、この状況に気づき、ジュルフム族と戦い、マッカから追放するために団結した。彼らは、ジュルフム族に戦いを挑んで勝利し、ジュルフム族をマッカから追放した。イスラーム以前のマッカは、域内で不正、邪悪な行いを許さず、誰かが域内でそのような行為を行えば、追放された。当時、マッカは、「アンナーッサ」〔粉砕する場〕と呼ばれた。それは、いかなる王といえども聖域の禁忌を破る者は、その場で粉砕されたことに由来する。また、マッカが「バッカ」〔へし折る場〕と呼ばれたのは、域内でなにか新奇なことをした圧制者は、首をへし折られたことに由来する、と言われている。
アムル・イブヌル・ハーリス・イブン・ムダードル・ジュルフミは、カアバから二体の黄金のガゼル像と神殿の隅石を運び出してザムザムの泉の中に埋め、ジュルフムの民を連れてイエメンに帰っていった。彼らは、マッカの管理権を失ったことをひどく嘆き、アムルは、次のように詠んだ。
「多くの女たちは、激しく号泣した、
ある女は涙で目をはらして言った、
それはあたかも〔マッカの〕アルハジューン山とアッサファーの丘の間に、友がおらず、
マッカの長い夜を楽しませてくれる人が一人もいないようだ。
肋骨の間で鳥が羽ばたいているかのごとく心臓を鼓動させながら、
私は彼女に言った、
『確かに我らはマッカの民であった、
そして、痛ましい悲運が我らに降りかかり、無に帰してしまった、
我らはナービトの後、カアバの管理者であった、
我らはカアバを回ったものだ、
我らの繁栄は見るからに明白であった。
我らはナービトの後、カアバを管理する栄誉を担った、
我らに並ぶ富者はいなかった。
我らは権力に君臨し、我らの統治がいかに偉大であったことか。
そこのいかなる部族も誇ることができなかった。
お前の娘が私の知る最も優れた男〔イスマイール〕と結婚しなかったことがあったか。
彼の息子は我らのものであり、我らは婚姻によって兄弟だった』。
もしこの世が我らに背いたならば、
これほど悲惨な変化はほかにない。
神は我らを力で追放された、
おお、男たちよ、
それゆえ運命は必ず追いかけてくる。
私は安らかに眠りにつくときに、眠らずに言う、
『玉座の主よ、スハイルとアーミルを滅亡させたもうなかれ』。
わたしは嫌いな顔を見上げることを強いられた、
ヒムヤルとユハービルの諸部族を。
我らは繁栄した後、伝説となってしまった。
それは過ぎ去っていく歳月の我らへの仕打ちである。
街のために泣き、涙が流れる、
そこには確かな聖域と神聖な場所があった。
鳩が害されることがなく、
雀の群れと一緒に安らかに過ごした、
カアバのために泣く。
その地の野生動物は人懐こく、追い立てられることもない、
だが、いったん聖域を離れれば、気ままにさすらう」。
アムル・イブヌル・ハーリスは、マッカのバクル族とグブシャーン族、そしてその他のマッカの人びとを回顧して、また次のように詠んだ。
「旅に出るのだ、おお、男たちよ、
いつの日か、おまえたちにも歩けないときがやって来る。
家畜を急がせよ、手綱を緩めて、
死が迫る前に、なすべきことをなせ。
我らもお前たちのような男だった、運命が我らを変えたのだ、
お前たちも我らがかつてそうであったようになるであろう」。
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