2012年5月24日木曜日

『預言者ムハンマドの生涯』第一巻(4)

まえがき(4)

 本書原典の印刷版としては、ウィストフィルドによるドイツのグーテンゲン版(一八六〇年、全二巻)、エジプトのブーラーク版(ヒジュラ暦一二二五年、全三巻)、エジプトのアルアフバール版(一九九八年、全四巻)が著名である。

 今日、イブン・イスハーク著のアッスィーラトン・ナバーウィーヤとして世界中で読まれている預言者伝は、実際のところ、イブン・ヒシャーム(ヒジュラ暦二一八年没)の校訂版である。イブン・ヒシャームの校訂版の特徴は、イブン・イスハークの原典におけるアーダムからイスマイール(イシュマエル)の時代の記述が割愛されていることである。また校訂版であるため、イブン・ヒシャームは、原典に追記・補足を加えているが、原典本文に対しては、上記の割愛以外、無修正で取り扱っている。

 今回、本書の日本語訳にあたり、本書の完全版の原典はイスタンブールのキョプルル図書館に保管(管理番号一一四〇されているという説や、エジプトのダールル・クトゥブ図書館内のアハマド・タイムール・パシャの蔵書中に彼の書が保管されているという別説に基づき、私たちは彼の書物を確認した。両図書館の書物を確認した結果、現存するすべてのアッスィーラトン・ナバーウィーヤは、アーダムからイスマイールの時代の記述が割愛されていることが判明した。この理由により、ダールル・クトゥブの蔵書資料からの日本語訳である本書も同時代の記述を割愛していることをご了承いただきたい。

ムスリム、ノンムスリムを問わず、我々がイスラームについて知ろうとするとき、先ず、唯一の神アッラーから使徒ムハンマドに授けられた啓示を記したコーランを学ぶことになる。イスラーム初期の時代においては、人びとは使徒ムハンマドと同じ時代に生き、神から下された啓示を伝承によって平易に学びとることができたが、やがて時代が過ぎ、人びとはコーランの内容を理解するために、コーランと共にハディース(神の使徒ムハンマドの言行)を知ることが不可欠となった。

 さらに時代が過ぎ、人びとがコーランとハディースを理解することがより困難な状況となった。そこで、当時のアラブの史実や時代背景・環境・文化を知ることによって、コーランとハディースの理解を深め、総体的にイスラームの教えを学ぶようになった。それでは一体、このようなアラブの史実や時代背景を、我々は何から学ぶことができるのであろうか。スィーラ (伝記)と総称される預言者の伝記に関する学問が、その答えである。本書「アッスィーラトン・ナバーウィーヤ」は、数多く著されたスィーラの中で、その完成度と網羅する情報量から、今日においても最古、最高峰の存在である。

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