2012年5月27日日曜日

『預言者ムハンマドの生涯』第一巻(10)

伝承の共有


 セム族の諸言語は、原セム語の方言である。一つのセム語に精通すれば、ほかのセム語を理解するのは容易なことだ。また天幕の住人が定住する過程は、すべてが敵対的であったわけではない。定住民は周辺の半遊牧民と血縁関係、あるいは同盟関係にあった。半遊牧民はさらに深奥の砂漠の民と同じ関係にあった。この関係をさかのぼっていくと、ヘブライ人とアラビア語を話すアラブ人は、いつかどこかで、セム族の故郷に近い地で、隣人のような関係にあったと考えられる。

 聖書には、ヘブライ人が砂漠で過ごした原風景が、ふんだんに描かれている。多数の登場人物がヘブライ人なのか、アラブ人なのか区別がつかない。例えば、アブラハムの息子の、イサクの双子の息子の、ヤコブの兄エサウの息子たちのほとんどは、アラブ人である(創世記三六章一〇―一四節、歴代誌上一章三五―七節)。

 同胞に乱暴を働いていたエジプト人を殺したモーセは、シナイ半島の東、アラビア半島の北西部にあたるミディアンに逃れ、そこの祭司の娘と結婚した。祭司のヒツジの群れを追っていたモーセはある時、神の山ホレブに登って主であるヤハウェと契約した。

 モーセを召命したのは恐らく、ミディアン人、すなわち北アラビア人の部族神だった(出エジプト記三章一節)。

 ヨブ記の主人公ヨブは、明らかにアラブ人のアイユーブ(ヨブのアラビア語名)だった。神はサタンに唆されてヨブに信仰を試す試練を課した。主は最初の試練で、シェバ人、カルデア人にヨブを襲わせてラクダ、ヒツジ、ロバほかの全財産を奪った。カルデア人は、前十一世紀ころ北東アラビアから南メソポタミアに侵入したセム族である。シェバは、南アラビア語を話したイエメンのサバ人で、彼らの王の一人は、知恵者ソロモンを試そうとしてエルサレムにやって来たシェバの女王である。

 義の人ヨブは、アラビアの砂漠にいて、北と南の部族によって略奪されたのだ。

 中世ユダヤ人聖書学者イブン・エズラと、近世ユダヤ人哲学者スピノザは、ヨブ記はヘブライ語以外の言葉から翻訳されたもの、と考えている。

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