2012年5月31日木曜日

『預言者ムハンマドの生涯』第一巻(17)

アラブとして覚醒(2)


 略奪が彼らの経済活動だった。経済活動である以上、彼らが順守すべきルールが存在した。共通の規範、アサビーヤに基づく国際法である。彼らが、放浪のために放浪し、略奪のために略奪する無法者の集団であったならば、種の保存は不可能だったであろう。

 飢餓の砂漠では、一家族だけでは生存できない。多数の家族、親族が連帯して血縁氏族を構成、氏族が連帯して支族を構成、支族が連帯して部族、部族連合を構成する。生存競争を勝ち抜くため、構成員は部族の連帯のために絶対的な忠誠、服従を誓う。日本の武士道に相当するアラブの美徳、部族の連帯意識は、極限状態の砂漠で、検察・裁判制度の役割を果たし、無制限の略奪、破壊、殺戮を抑止する安全弁の機能を果たしていた。

 例えば彼らの間では、保護の誓約という、弱い立場にある者の安全を保障する制度が確立していた。ある部族員がある者を、「この人は私の保護下にある」、と公衆に誓約する。何人もこの被保護者に手を下すことはできない。被保護者に敵対する者は、保護者の部族全体を敵にしなければならなかった。

 部族員が、同一の部族の連帯に忠誠を誓う部族員を殺害することほど重大な犯罪はなかった。この犯罪者は、部族の連帯のらち外に置かれ、彼を保護する者は一人もいない。飢餓の場所で孤立する者は、「部族もなく、法もなく、炉もなき者」(ホメロス)となり、死を待つしかない。
 略奪するとき、流血は厳粛に戒められた。血の害に報いるに、血の害をもって報いる返応報法の下では、流血は「血の復讐」の連鎖を招き、種族を滅亡させる消耗戦争に至るからだ。返応報法は、過剰な報復をむしろ制限する効果を持った。

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