2012年6月9日土曜日

『預言者ムハンマドの生涯』第一巻(37)

アブドッラー・イブヌッ・サーミルと坑の住人(1)


 ヤズィード・イブン・ズィヤードは、ムハンマド・イブン・カアバル・クラズィーを典拠として私に語った。ナジュラーンのある人もまた、私に同様の話を語った。

 ユダヤ部族クライザ出身の伝承家、ヒジュラ暦一一八(西暦七三六)年頃没。

 当時、ナジュラーンは、近郊から人びとが集合する最大の街で、そのすぐ近くの村に、若者に魔術を教えていた魔法使いが住んでいた。ファイミユーンがナジュラーンにやって来たとき――この典拠では、ワハブ・イブン・ムナッビヒが呼んだファイミユーンという名では語られず、単に、ある人がやって来た、と語られている――彼は、ナジュラーンの中心地と魔法使いが住む場所の間に天幕を張った。ナジュラーンの人びとは、魔術を学ばせるため、彼らの若者をこの魔法使いの所に通わせていた。アッサーミルも息子のアブドッラーを一緒に行かせていた。天幕の中にいる人の側を通りかかったとき、アブドッラーは、その人の礼拝と献身に限りのない衝撃を受けて、その人を師として学ぶことを決意した。師は、彼が自分の下で神の唯一性を信条として主を崇拝するムスリムとなるまで、その教えを学ぶことを許した。アブドッラーは、イスラームの教えについて師から夢中で学んだ。そしてかなり学んだ後に、彼は師に、「神の最も偉大な名前は何ですか」と尋ねた。師は、その名を知っていたが、「親愛なる若者よ、あなたはそれにまだ耐えることができないであろう。私は、あなたが十分に強力ではないことを恐れる」、と言って、教えなかった。アッサーミルはといえば、息子のアブドッラーが、ほかの若者と一緒に魔法使いの所に行っていないなどとは、全く知らなかった。師が神の名を教えず、彼の弱さを心配していることを知ったアブドッラーは、たくさんの木片を集め、師が神の名前を言う度にそれを木片に書き記した。神のすべての名前を書き記すと彼は火をおこし、木片を一つ、一つ、炎の中に投げ入れ続け、そして神の最も偉大なる名前が記されている木片を投じると、それはたちまちのうちに炎の中から跳ね上がり、決して燃えることはなかった。そこで彼は、この木片を手にして師の所に行き、「先生が教えてくださらなかった、神の最も偉大なる名前を知りました」と言った。師は彼に質問をし、彼がいかにしてこの名を知り得たかを知ったとき、「おお、私の若い友よ、おまえはついにそれを知ったが、それをおまえ自身だけにとどめておきなさい。しかし、私はおまえがそうするだろうとは思わないが」と言った。

 イスラームとは、唯一の神に帰依することであり、唯一神への帰依者をムスリムと言う。ムスリムという言葉を最初に使用したのは、イブラヒームであった。唯一の神は、唯一の啓示を下されたため、モーセやイエス、ムハンマドやその他の神の使徒たちは皆、同一の啓示を授けられた。この啓示こそがイスラームである。ユダヤ教徒やキリスト教徒であっても、唯一の啓示を信仰する者は、啓典の民である。しかし、ユダヤ教やキリスト教という呼称は、神の啓示に基づくものではなく、人間の恣意によるものである、というのがムスリムの考え方。

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