2012年6月1日金曜日

『預言者ムハンマドの生涯』第一巻(19)

世界文明を創造した男


 特定の集団を一つにまとめる一枚岩の団結心、鉄の規律、イデオロギーを、イブン・ハルドゥーンは、アサビーヤと定義した。この精神的な絆の原因となるのが血縁(家族・親族)、地縁(氏族)、血統(部族)、家柄、主従・盟約関係、出身地、風俗習慣、言語、歴史・文化などである。これらの絆が集団結合、連帯意識の起動因となり、集団の構成員になろうとする者に融合の場を与える。

 人間が、「はじめ神以外の国王をもたず、神政以外の政治をもたなかった」(ルソー)時代、連帯意識を決定的に強化する要因は宗教だった。イブン・ハルドゥーンによれば、強大な国家は必ず、預言とか正しい宣教に基づく宗教にその起源をもつ。人々のそれぞれの欲望が一つの目標追求に向かって一致し、心が結ばれるのは、神の助けで宗教を確立したときにのみ起こるからである。神聖な目的のために団結した勇猛な集団は、はるかに強大な集団に対抗して勝利する。

 「このことは、イスラーム初期、大征服時代のアラブに起こった」(イブン・ハルドゥーン)。

 預言者ムハンマドは、一撃のもとに連帯意識を、部族的血縁関係から信仰の絆に代えた。進取の気性に富む本来のアラブ気質に導かれ、信仰の絆で結ばれたイスラームへの帰依者たちは、肥沃な三日月地帯を突き抜け、わずか百年のうちに、スペインからインド亜大陸、中国にまたがる未曾有の世界帝国を築いた。

 それから現代に至るまで、イスラームへの礼拝を呼びかけるアザーンの声は、一日、二十四時間、一時も途絶えることなく、地球を一周して響き続けている。

 これからイブン・イスハークが語るのは、世界文明を創造した男の物語である。

0 件のコメント:

コメントを投稿